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東京弁護士会所属弁護士

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コロナ休業期間中の派遣料金は支払わなければならないのか?

紛争解決
October 07,2020

はじめに

 コロナ禍の影響で、行政による「営業停止」や「休業」要請ではないものの、コロナウィルスの蔓延を防止し、従業員などの健康維持のため、出勤者を大幅に削減した会社はたくさんあります。

 ここで、雇用関係にある従業員であれば、会社の命令で休業していることになるので、労働基準法に基づき60%分の給与を支払わなければなりません。

 ところで、派遣社員(派遣労働者)の場合、休業させても派遣先(派遣会社といいます)「正規の派遣料金」を支払わなければならないのでしょうか。

 この点、たいていの「労働者派遣契約書」には、「派遣先の都合で派遣社員を休業させた場合、派遣費用は減額されない」、「不可抗力により派遣社員が休業した場合も派遣費用は減額されない」などの条文があります。

 しかし、政府の要請に基づき、従業員や派遣社員の区別なく彼らの健康維持やコロナウィルス感染防止のために休業をさせているのに、派遣費用が減額されないのは公平ではありません。

 従業員や派遣労働者の休業を原因として何者かに何らかの支障や損失が生じた場合には、単に法令や契約文言の形式解釈に依らず、コロナ禍による損失を公平に分担するという論理が必要と思われます。

労働基準法第26条

 労働基準法第26条は「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の60%以上の手当を支払わなければならない」旨、規定しています。

 もし、派遣会社が「派遣社員の休業は、コロナを理由とする派遣先の都合だ」と考えれば、派遣会社にとっては「使用者(注:派遣社員と雇用関係にある派遣元)の責に帰すべき事由による休業」には該当しないので、60%分の休業手当を支払わなくても良いという結果となってしまいます。

 このように、派遣会社が、自身と雇用関係にある派遣社員に休業手当を支払わずに、他方で派遣先に対しては派遣料金の支払いを求めるのであれば、派遣会社は(派遣社員の給与原資は、もともと派遣先が支払う派遣料金であるところ、派遣料金の支払いを受けながらも派遣社員には支払わないという意味において)二重の経済的利益を享受することになりかねません。

雇用調整助成金

 ところで、コロナウィルスにより事業活動の縮小を余儀なくされた中小企業に対しては、特例措置に基づき、雇用調整助成金として、最大、1人1日あたり15,000円を上限とし、休業手当全額が支給されます(令和2年9月30日まで)。

 もし、派遣会社が、自身と雇用関係にある派遣社員に対し休業手当を支払った後に、雇用調整助成金の支給申請を行っている場合、派遣会社は休業手当分の損失を被ることなく(助成金により充当されるから)、他方で、派遣先から派遣社員の給与分の本来的な原資となる派遣料金の支払いを受けることになることから、やはり、派遣会社は二重の経済的利益を享受することになりかねません。

労働者派遣契約の解釈

 前述のとおり、たいていの「労働者派遣契約書」には、「派遣先の都合で派遣社員を休業させた場合、派遣費用は減額されない」、「不可抗力により派遣社員が休業した場合も派遣費用は減額されない」などの条文があります。

 当該文言を形式的に解釈すれば、地震等の災害を理由に派遣先が派遣社員を休業させた場合、派遣先は派遣会社に対する派遣料金の支払義務を免れないこととなります。

 確かに、不可抗力という契約当事者の人知をもって抗うことが不可能な事象から生じる損害を誰がどのように負担するかについて、後日の紛争を避けることを目的として事前に定義することは予防法務としてしかるべきことです。

 しかし、今般のコロナ禍が「派遣先の都合」や「天災等の不可抗力」に該当するか否かを判断するにあたっては、既述の点も含めて公平な観点から検討しなければなりません。

 この点、「派遣先において、政府の要請や、従業員や派遣社員などの健康維持をあえて無視し、休業させずに出勤を強行させることは可能であった」ことに鑑みれば、人知をもって抗うことが不可能な事象である「天災等の不可抗力」には該当し得ないと考えられます。

 また、国民が一丸となり真摯にコロナウィルスの感染・蔓延防止に対応している中、派遣先が、従業員や派遣社員などの健康維持を促進すべく休業の措置をとったことをもって、「派遣先の都合」に該当すると考えることは公平に反します。

 やはり「派遣先の都合」とは、内装工事等の遅延により就業場所の提供が遅延した、市場動向等の営業方針から事業自体の開始時期を変更したことに伴い就業開始時期を遅延した、管理者や他のスタッフの配置が遅延したことに伴い就業開始時期を遅延した、といった派遣先の事業上の「都合」に限定するのが公平です。

 したがって、既述のコロナ禍による損失を公平に分担するという論理に基づけば、派遣先による派遣社員への休業指示は、「労働者派遣基本契約」上の「派遣先の都合」等には該当せず、休業期間分の派遣料金の支払義務を免れると考えるべきです。

事情変更の法理

 さて、少し違った考え方をしてみます。

 民事裁判の中では、時々「事情変更の法理」が検討されることがあります。

 これは、契約締結時に前提とされていた「事情」が、その後大きく変化し、当初の契約どおりの義務を続けることが当事者間の公平に反する結果となる場合、契約の解除や契約内容の変更を認める法理です。

 例えば、契約時には商品Aを10万円で売却したけど、その後、ものすごいインフレーションが発生し、物価が10倍に上がるなど、当初の価格である10万円を維持することが当事者の公平に反するような場合に適用されると考えられています。

 そこで、今回のコロナ禍についても、

(1) 「派遣社員は、派遣先の都合によらない限り普遍的に通常の労働力を提供することができるという前提(事情)」が、
(2) コロナウィルスの世界的蔓延を原因とする政府による従業員等の休業要請により、上記の「普遍的に通常の労働力を提供することができる」という前提に著しく変更が生じており、
(3) 派遣先も派遣会社も、当該事情変更について予見できなかったものであり、
(4) もちろん、コロナ禍は、派遣先や派遣会社の責任でもなく、
(5) このような状況の下において、労働者派遣基本契約を形式的に適用することは、公平に反し信義則にもとる、
ことを考えると、いわゆる「事情変更の法理」が適用され、労働者派遣基本契約はそのまま適用されず、「派遣社員の休業期間分の派遣料金」について、派遣料金の支払義務を免れると考えることが出来ます。

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