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東京弁護士会所属弁護士

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仕事を与えない、通称、“干す”行為はパワハラか?

予防法務
January 26,2021

はじめに

 中途採用した従業員が、実は職務経歴書に記載されているようなスキルがなく、実際には大した能力がなかったときや、新人がいつまでたっても成長しないような場合、上司としては「自分でやった方が早いし正確」と考えてしまうことがあります。

 このような場合、「何も出来ないんだから、これでもやっておけ」などと、例えば会議資料のホチキス止めを永遠とさせたり、必要性もないのに社内ファイルの並べ替えだけをさせたり、ドラマなどで左遷先の典型例として挙げられる「社史の編纂」などをやらせる、といったことがあります。

 こういった、「簡単、過少な仕事しか割り振らない」こともパワハラになるのかどうか、しっかりと認識しておく必要があります。

パワーハラスメントの定義

「パワーハラスメント」という言葉が使われるようになってかなりの時間が経っていますが、職場等でのいじめや嫌がらせに関する問題を整理し対策すべく、厚生労働省は、平成24年1月、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ(主査:佐藤博樹東京大学大学院情報学環教授)」を主宰し、その報告書の中でパワーハラスメントを「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義しました。

 当該報告書の中で注目すべき点は、これまで典型的なパワーハラスメントとして考えられてきた「上司から部下に対する、怒鳴るなどの暴言や身体的な暴行」に限られず、「職場の先輩・後輩間、同僚同士、さらには部下から上司に対する、相手方が嫌がることが明白な行動」もパワーハラスメントにあたると定義されたという点です。

 要するに、これまでパワーハラスメントの典型例とされてきた、「身体的な攻撃(暴行・傷害)」や「精神的な攻撃(脅迫・暴言等)」のほかにも、「人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)」、「過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)」、「過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)」、「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」もパワーハラスメントとして明確に定義されたわけです。


パワーハラスメントの典型例とされた類型
① 身体的な攻撃(暴行・傷害)
② 精神的な攻撃(脅迫・暴言等)
③ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
⑤ 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
⑥ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)


草むしりを指示することもパワハラ

 過去に、お客さんを乗せたバスを道路上で他の車両に接触させる事故を起こしたバスの運転士に対し、営業所所長が運転業務から外し、1ヶ月間の営業所内の草むしり作業を命じたことなどについて、当該命令は違法であるとして運転士が会社と営業所所長に対し、慰謝料の支払を求めた事案があります。

 この事案において横浜地方裁判所平成11年9月21日判決は、まず、「運転業務から外したこと」については「運転手が路線バスを駐車車両に接触させる事故を起こしたことについて、運転手には過失が認められないとしても、運転手の不注意により事故の発生を認識しなかったことは否定できないため、会社が運転手に下車勤務を命令したこと自体は違法ではない」としました。

 しかし、「草むしり作業を命じたこと」については、「期限を付さず連続した出勤日に、多数ある下車勤務の勤務形態の中から最も過酷な作業である炎天下における草むしり作業のみを選択し、運転手が病気になっても仕方がないとの認識のもと、終日または午前あるいは午後一杯従事させることは、運転手に対する人権侵害の程度が非常に大きい」として、強く非難しました。

 その上で、同判決は、裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令であると判示しています。

“干す”こともパワハラ

 また、高等学校が女性教員に対して行った、学級担任の解職、職員室内での隔離、別の部屋への隔離、自宅研修などの据置が違法であるとして女性教員が学校法人に対し、慰謝料の支払を求めた事案を検証します。

 この事案において東京高等裁判所平成5年11月12日判決は、特に「女性教員を学級担任の職から外したこと」について、「学校は女性教員の教師としての適格性を欠く言動や業務命令違反を理由に、女性教員の学科の授業、クラス担任その他公務分掌の一切を外し、女性教員は出勤しても一日机に座って過ごさざるを得ない状況となった。(中略)女性教員を嫌悪し、その態度を改めさせるか学校に留まることを断念させる意図のもとで行われた嫌がらせである」と判断し、業務命令権の濫用として無効であり、命令は違法と判示しています。

 最初の事例は、運転手に命じられた命令が、「下車勤務」の本来の目的から外れた実質的な「懲罰」として行われたものと捉えられた点が、パワーハラスメントとして認定された重要な要素であったと考えることができます。

 また二つ目の事例も、本来の担当職務から外す理由が本来的な理由(能力不足など)によるものではなく、他事を考慮したようなものであった点が、その必要性が否定され嫌がらせと認定された理由と考えることができます。

注意すべき点

 もちろん、会社内の業務の中には、単調、簡単、「これ、オレがやる仕事?」と思われるような業務はたくさんあります。

 このため、厚生労働省がパワハラの典型例とする「簡単な仕事を与える」、「過少な仕事しか与えない」ことが、果たしてパワハラに該当するかどうかについては慎重に検証しなければなりません。

 もっとも、これまで担当してきた業務から外す理由が、本人の能力等によるものではなく、感情的なものや、本人の勤務態度、その他「他事考慮」と捉えられかねない要素を理由に、業務上の合理性ないにもかかわらず能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり仕事を与えなかったりすることは、当該業務命令等の「目的の正当性」や「手段の相当性」が否定され、この場合、パワーハラスメントの一類型に該当する可能性があります。

 このような“仕打ち”は、嫌がらせ以外のなにものでもなく、後から業務命令の無効性を争われたり、慰謝料を請求されたりするおそれがあるので注意が必要です。

 もっとも、“干される”ことを嫌がらせ、パワハラと感じる従業員こそ、それを役不足と感じる従業員こそ、意識の高い、能力のある、やる気のある従業員でしょう。

 これ幸いに「楽な仕事だ、やったぜ」と感じるような連中は、速やかに企業から“排除”すべきです。

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